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混雑緩和のために日時指定入場制が採られていますが、それでも週末の午後の時間帯などは大混雑必至です。




 上野の森美術館で開催中の『フェルメール展』に行ってきました。

 私は特にフェルメールが大好きと言うわけではありませんし、知識としても「1600年代に活躍したオランダの大衆画家」「トレースで絵を描いた人」程度の知識しかありませんでした。それにフェルメール作品の中ではいちばん好きな風景画『デルフトの眺望』が来日していなかったため、そんなに前のめりでなかったのですが、妻が一番好きと公言する『牛乳を注ぐ女』がメインの展示だったので、人混みを覚悟で鑑賞してきたのです。

 フェルメールはカメラ・オブスクラというピンホールカメラを使用し、モデルの画像をキャンバスに投影、それをトレースして作画の省力化を図ったと言われていますが、この展覧会ではその説明はいっさいありませんでした。また『牛乳を注ぐ女』は以前テレビでキャンバスの中心に釘を打って、そこに放射状に糸を張り巡らせて一点透視図法のガイドラインとした、という技法を紹介いていましたが、その説明もなかったです。解説は主に絵画のモチーフとその時代背景の説明に終始していたため、私のように絵画技法に関心がある鑑賞者にとっては少々不満の残るものでした。まあ、フェルメールが用いた絵画技法については諸説あるので、論議を呼ぶような解説はあえて避けた、と良心的に解釈しておきましょう。

 私は、絵を描く上でトレースという技法の是非については、以前ここでお話し通り全く問題はないという立場です。問題になるのはトレース元がトレース者が著作権を有するオリジナルでないと、著作権侵害の可能性が出てくるという点と、画力の未熟な小学生の絵画コンクールなど、絵画の優劣を決定しなければならない場でトレースを容認するのは、用いた人と用いていない人とで差が出てしまうので、不公平感があるという点だけです。裏を返せば、それほどトレースという技法は、絵画制作者にとって有益な技法であると言う証左なのですが、それは絵を描くものを常に悩ませる「画力」というものをどう身につけるか、と言う問題に直結するからです。

 画力とは主に以下の2つの能力の総称です。

(1)デッサン力

(2)描写力


 この中でトレースはデッサン力を省力化する大変有効な手段です。ですが、気をつけなければならない点もあります。デッサン力が未熟な絵画制作者がこの技法を使うと「デッサン力の育成を阻害する」「トレースしたとすぐバレてしまう」ということです。トレースは「ただ単になぞればいい」というものではなく、デッサンを取りつつトレースする力ないと、逆にデッサン力のなさが露呈してしまいます。また、トレースはデッサンのガイドラインとして大変有効な方法ため、デッサン力を磨く訓練としては苦労が少ない分訓練にならず、不適切だと言えるでしょう。デッサン力は模写などで身につけて、ある程度デッサンができるようになってからトレースという技法を有効活用する方が、画力アップの近道だと思っています。なぜならトレースは「絵の完成度を上げるのに効果的な技法」であって「絵そのものを描くための技法」ではないからです。絵そのものを描くためにトレースを使っても、「しょせんはトレース絵」という以上の評価は得られないでしょう。

 フェルメールは当然素晴らしいデッサン力を有していますし、その力があるからこそ、トレースという技法を有効活用して数々の名画を生み出しました。それに同時期の画家と比べてこれほど人気があるのは、トレースという手段を使ったからではなく、フェルメールの絵には多くの鑑賞者の心を惹きつける、他の絵になない魅力があるからに他なりません。どちらにしてもフェルメールレベルになるとトレースの是非など問題ではありません。そんなことを言い始めたら、はかり棒やデッサンスケールも広義のトレースじゃないの?と言われかねないでしょう。道具は道具です。完成した絵が素晴らしければ何を使ったか、どんな手段を用いたかは問題ではないのです。今回のフェルメール展の混雑ぶりはその事実を如実に示していると思いますね。