鉄腕アトムwikipedia:鉄腕アトムより)

概要

 21世紀の未来を舞台に、原子力(後に核融合)をエネルギー源として動き、人と同等の感情を持った少年ロボット、アトムが活躍する物語。米題は『ASTRO BOY(アストロ・ボーイ)』。

 本作は、1951年(昭和26年)4月から翌年3月に連載された『アトム大使』の登場人物であったアトムを主人公として、1952年(昭和27年)4月から1968年(昭和43年)にかけて、「少年」(光文社)に連載され、1963年(昭和38年)から1966年(昭和41年)にかけてフジテレビ系で日本初の30分テレビアニメシリーズとしてアニメ化された。このアニメ第1作は平均視聴率27.4%を記録しその後、世界各地でも放映された。

 1981年には、様々な形で、本作が出版された数の累計が1億冊を突破した。

 1980年(昭和55年)に日本テレビ系でカラー版の『鉄腕アトム (アニメ第2作)』が制作され、さらに1作目と同じくフジテレビ系にて2003年(平成15年)に『ASTRO BOY 鉄腕アトム』として、2回目のリメイクが放映、2009年にはCG映画『ATOM』が公開されている。

 現在の日本のロボット工学学者たちには幼少時代に『鉄腕アトム』に触れたことがロボット技術者を志すきっかけとなっている者も多く、現在の日本の高水準のロボット技術力にはこの作品の貢献が大きいともいえる。

 一方で、『「核」論』等、原子力の利用に対する現状との関係を検証する書籍も出されている。なお、原作者は原子力発電を推奨する意図はないと述べている。


感想

 日本初のTVアニメシリーズ『鉄腕アトム』。原作者は言わずと知れた手塚治虫で、制作はその手塚が立ち上げた虫プロダクションでした。

 この『鉄腕アトム』は、現在の日本独自のいわゆる「アニメ文化」を作ったと言っても過言ではありませんが、あまりにも安い(1本55万円、現在の200万~300万円くらいと言われている)制作費で請け負ったために、後のアニメ制作費の相場の低下、ひいては職場環境のブラック化の元凶とよく批判されています。手塚治虫も少ない予算と限られた人員でなんとか放送に間に合わせようと、リミテッド・アニメ的な手法を採用して現場の負担を少なくしようとしました。それが「動画枚数を減らす」「止め絵の多用」「同じ映像の流用」という、その後のアニメでも広く使われたテクニックです。

 このように手塚治虫は、それまでテレビシリーズとして毎週放送するには、制作費や時間ががかかりすぎて不可能と思われていたテレビアニメを、数々のアイデアで実現させ成功させました。このことは「雨後の筍」のごとく他のアニメ番組を生み出し、それに伴って数多くのアニメプロダクションが誕生を促しました。現在あるアニメ制作会社の源流を辿れば、そのほとんどがこの頃に設立された会社に行き着くと言われています。

 現在日本は世界に冠たる「アニメの国」として、世界中からファンを集めています。その礎を築いた手塚治虫の功績はいくら讃えても讃えきれないくらいです。しかしその反面、アニメクリエーターたちの労働環境を悪化させたと批判もされています。つまり「功罪両面」の側面があるということです。ですが、個人的には「功」の部分を大きく評価したいと思っています。なぜなら、現在の日本で旺盛な消費行動をする消費者は「おたく」と「外国人」で、その両方に多大な影響を与えているのが言うまでもなく日本のマンガ・アニメ文化です。そしてそれは手塚治虫とその作品『鉄腕アトム』の存在なくしてはありえないからです。正確な数字をはじき出すのは困難かと思いますが、日本のGDPの何パーセントかの向上に寄与しているのは間違いないと、私は思います。