1024px-Nijubashi_affair_2事件発生直前の現場。人混みで埋まる橋が正門石橋で、この写真の右外に正門鉄橋がある。

二重橋事件wikipedia:二重橋事件より)

概略

 二重橋事件(にじゅうばしじけん)は、1954年(昭和29年)1月2日の皇居一般参賀において、二重橋で参賀者の将棋倒しが発生した事故。16名が死亡した。

概要

 この日は朝から天気も快晴で、皇居には午前9時から午後3時までの一般参賀に38万を超える人々が訪れることになるが、昭和天皇と皇后、皇族がバルコニーに出て一般国民の挨拶を受けるという恒例行事に対する警備は、皇宮警察及び警視庁丸の内警察署の警察官、221名だけであった。

 午前9時、正門が開かれた。皇宮警察は正門外石橋の入口より約200メートル前方から8本の列を作って、列を守って石橋を渡し、正門を通して、正門内鉄橋に誘導しようとした。参入は当初順調だったが、11時頃から参賀者が急激に増加し、列が自然に乱れ、群衆が石橋に殺到する状況となった。そこで11時頃から石橋の通過を整理するために、参入者を断続的に止めて入門をさせようとしたが、午後1時過ぎ頃から皇居前の記帳所はもとよりその奥にある奥の橋や宮内庁の庁舎前まで一般参賀者の人垣で埋まる状態となり、午後1時50頃には混乱状態となった。

 皇宮警察は11時半頃に丸の内警察署に連絡して警視庁予備隊の出動を要請した。両警察は群衆整理用のロープを張って入門を制御しようとしたが、石橋の上では後方からの圧力によって前のほうに押された参賀者がロープとの間に挟まれた。そのため自分でロープを持ち上げて潜り抜ける者が続出し、3、40名がそうして走り出したので、ロープの高さが上がり、最前列の者の首にそのロープがかかって首を締める状態になった。午後2時15分頃、整理する警察官は止むなくロープを下げようとしたがなかなか下がらず、仕方なしにロープが首に掛からないように高く上げた。すると、押し止めていたロープが無くなったことで7、80名が押し出されたが、その時に前方にいた高齢の女性がつまずいて転倒し、後続の者が次々とその上に覆い被さる将棋倒しとなった。

 警察官は救急車を要請し、人工呼吸等の応急処置を行ったが、16人が死亡、65人が重軽傷を負った。皇宮警察及び警視庁は警備上の欠陥を認めて、犬養健法務大臣、斎藤昇国家地方警察本部(国警)長官、武末辰雄皇宮警察本部長、山口喜雄国警警備部長らが被害者を慰問した。ただし皇宮警察と警視庁では事件の説明に食い違いがみられ、責任をなすりつけ合うような格好になった。

 また宮内庁も行事の進め方に問題があったとして、香典を供え弔慰の意を表した。天皇・皇后から、死亡者に対して菓子並びに盛花、負傷者に対して果物のお見舞い品が下賜された。

 後日、群衆整理に問題があったとして、警視庁と皇宮警察本部の責任者9人が処分された。この事件を教訓として警察は雑踏警備を重視するようになった。


感想

 一般参賀は1948年(昭和23年)から行われているそうですが、それから6年後の1954年(昭和29年)にこの事故が起こったというのは興味深い事実です。想像できる要因をあげると

(1)戦後の混乱が治まりつつあり、国民に余暇を行事に当てる余裕ができたこと

(2)昭和天皇の戦後巡幸(1946年(昭和21年)〜1954年(昭和29年))が行われ、皇室に親近感が増したこと

(3)ラジオや新聞、前年に始まったTV放送などで一般参賀が広く周知されたこと

(4)天候に恵まれたこと

 現在の常識からすれば38万人を221人でさばくのは到底不可能と思えますが、予想より人出が大幅に多かったことが災いし、結果的に「起こるべくして起こった事故」と言えるでしょう。残念ですが、何事も犠牲者が出ない限り改善は行われない、というのはこの世の常です。ではこの事故以降、雑踏での事故がなくなったのかと言えば、やはり今日に至るまでそれは繰り返されていて、「見通しの甘さ」がその度に指摘され続けています。

 「前回も大丈夫だったから、今回も大丈夫だろう」という正常性バイアスがそうさせるのでしょうけど、この正常性バイアスというものはやっかいで、何事もなければ何事もなく過ぎてしまい、結果的に「問題ない」と刷り込まれてしまいます。これを避けるには「一見正常に終わったように見えても、わずかに見える歪みを見逃さず、事故を予見する」という作業が必要になりますが、現場レベルでそれを感じても、現場にいない上層部はそれを「危険」と判断できず、結果事故になる事例が繰り返されています。最近で最も重大かつ深刻な事例は言うまでもなく「福島第1原発事故」でしょう。

 よく「過去の事故を教訓に」と言いますが、一番の問題はこの「正常性バイアスとの戦い」にあると私は考えます。そしてそれに勝利するのがとても困難であるから、人間は過去の過ちを繰り返してしまうのでしょう。

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筆者が参賀した2013年1月2日の一般参賀の待機列。正門前の石橋の上。