紅白
第14回NHK紅白歌合戦のオープニング。五輪のマークと聖火台を模した舞台セットが見える。場所は東京宝塚劇場。

第14回NHK紅白歌合戦wikipedia:第14回NHK紅白歌合戦より)

概要

 全編の映像がNHKに現存する最古の回である。生放送の映像をキネコに録画することで保存されたもので、1989年・2001年に放送された『思い出の紅白歌合戦』で、全編が再放送された。現在は横浜市の放送ライブラリーで視聴できる。この回で記録した視聴率81.4パーセント(ビデオリサーチ調べ、関東地区)は、ビデオリサーチによる視聴率調査が始まって以来の最も高い視聴率となった。なお、同時期に視聴率調査を行っていたニールセンの調査では、89.8パーセント(関東地区)を記録している。

 この年から、当時の芸能局内に「紅白歌合戦実施委員会」を設置。今回より毎年秋になると同時に実施の準備が始まることになる。

 翌1964年に開催される東京オリンピックにちなんで、五輪のマークと聖火台を模した舞台セットが特徴となった。

出演者(出演順・紅組・白組)

1 弘田三枝子(2)/悲しきハート
2 田辺靖雄(初)/雲に聞いておくれよ
3 仲宗根美樹(2)/奄美恋しや
4 守屋浩(4)/がまの油売り
5 松山恵子(7)/別れの入場券
6 北島三郎(初)/ギター仁義
7 雪村いづみ(6)/思い出のサンフランシスコ
8 アイ・ジョージ(4)/ダニー・ボーイ
9 こまどり姉妹(3)/浮草三味線
10 和田弘とマヒナ・スターズ(5)/男ならやってみな
11 坂本スミ子(3)/テ・キエロ・ディヒステ
12 ジェリー藤尾(3)/誰かと誰かが
13 高石かつ枝(初) /りんごの花咲く町
14 三浦洸一(8)/こころの灯
15 楠トシエ(7)/銀座かっぽれ
16 森繁久彌(5)/フラメンコかっぽれ
17 江利チエミ(11)/踊りあかそう
18 立川澄人(初)/運がよけりゃ
19 トリオこいさんず(2)/いやーかなわんわ
20 ボニー・ジャックス(初)/一週間
21 吉永小百合(2)/伊豆の踊子
22 北原謙二(2)/若い明日
23 朝丘雪路(6)/永良部百合の花
24 田端義夫(初)/島育ち
25 島倉千代子(7)/武蔵野エレジー
26 三橋美智也(8)/流れ星だよ
28 畠山みどり(初)/出世街道
27 村田英雄(3)/柔道一代
30 西田佐知子(3)/エリカの花散るとき
29 橋幸夫(4)/お嬢吉三
32 越路吹雪(9)/ラスト・ダンスは私に
31 フランク永井 (7)/逢いたくて
34 スリー・グレイセス(2)/アイ・フィール・プリティ
33 ダーク・ダックス(6)/カリンカ
36 倍賞千恵子(初)/下町の太陽
35 芦野宏(9)/パパと踊ろう
38 三沢あけみ(初)/島のブルース
37 舟木一夫(初)/高校三年生
40 梓みちよ(初)/こんにちは赤ちゃん
39 坂本九(3)/見上げてごらん夜の星を
42 ペギー葉山(10)/女に生れて幸せ
41 旗照夫(7)/史上最大の作戦マーチ
44 ザ・ピーナッツ(5)/恋のバカンス
43 デューク・エイセス(2)/ミスター・ベースマン
46 五月みどり(2)/一週間に十日来い
45 春日八郎 (9)/長崎の女
48 伊東ゆかり(初) 園まり(初) 中尾ミエ(2)/キューティ・パイ・メドレー
47 植木等(2)/どうしてこんなにもてるんだろう・ホンダラ行進曲
50 美空ひばり(8)/哀愁出船
49 三波春夫(6)/佐渡の恋唄


感想

 昭和も、平成も終わったというのに、どういうわけか紅白の話題がTwitterのトレンドワードに挙がることが珍しくありません。今年は誰々が選ばれたとか、選ばれなかったとか、どの曲を歌うのとか、赤が勝った白が勝ったに到るまで、日本人は老若男女問わずこの「紅白」が大好きなようです。その紅白(正式には『NHK紅白歌合戦』)で、過去最高視聴率を叩き出し、おそらく未来永劫破られないであろう数値「81.4%」を記録したのがこの第14回だったそうです。

 まあ、この回が特別出演者に恵まれていたとか、演出が優れていたとか、そういった話ではなく、翌年に東京オリンピックを控えTVを初めて買った人が、それまでTVのあるよその家で見ていた「紅白」を、自分の家でゆっくりと見ることができたというだけでしょう。ちなみにこの年の白黒テレビの普及率は95%、カラーテレビは15%です。白黒テレビをカラー買い換えた層を考えると、ほぼ全世帯に1台は普及したと考えて良さそうです。

 翌年の紅白の視聴率は72%に落ちるのですが、これは他局が紅白に対抗して番組を充実させた結果だと思います。しかし1984年の第35回まではほぼ70%以上を記録していたのですから、他局にしてみればまさに「お化け番組」ですね。1985年に日本テレビで『忠臣蔵』がオンエアされ、これに視聴者を奪われて初めて66%という大幅減を経験します。それ以降1988年まではかろうじて50%台をキープしていたものの、翌1989年にはついに40%台に突入。それ以降は40%前後をフラフラと漂う結果になっています。

 1989年はバブル絶頂期。多様多種な価値観(欲望)が表面化し、旧来型の古い価値観が次々に否定されて行きました。「大晦日には家族で紅白」よりも「大晦日は彼氏や仲間とニューイヤーパーティー」という時代です。まさに「多様化元年」と言えるこの年に視聴率が50%割れをしたのは、まさに時代を象徴していると言っていいでしょう。

 「流行歌は世相を写す」とよく言われますが、この紅白の視聴率も「世相を写して」いますね。紅白出演歌手とそこで歌った歌、そして視聴率を見れば戦後日本の世相のほとんどを網羅するのではないか、そんな気さえさせてくれます。

※参考サイト:NHK紅白歌合戦の主要記録一覧(wikipediaより)