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空間認識能力wikipedia:空間認識能力より)

 空間認識能力(くうかんにんしきのうりょく)とは、物体の位置・方向・姿勢・大きさ・形状・間隔など、物体が三次元空間に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握、認識する能力のこと。空間認知(くうかんにんち、英: spatial perception、独: Raumwahrnehmung)、空間識(くうかんしき)、空間知覚(くうかんちかく)の能力をいう。

・解説

 球技等で狙った場所にボールを当てることや、飛んでくるボールを掴むこと、もしくは2次元に描写された地図を見て、その地形の構造を把握する能力、これが空間認識能力に当たる。

 生物が生きていくのに必要な、外敵から身を守ったり、迫り来る危険の度合いを測定するといった能力も、空間認識能力に関係するといわれる。

 空間認識能力は、視覚・聴覚など複数の感覚器の協力で成立し、右脳によってコントロールされる。

・空間認識能力を高める方法

 三次元空間に存在する自分と自分に相対する物品の中で過ごすことにより空間認識能力は高められる。

 子供の頃なら、野山や野原で遊ぶことで空間認識能力は自然に身に付くが、現代の子供が野山や野原で遊ぶことは少なくなっている。そのため、空間認識能力を高めるには、屋内で可能なトレーニングを行う必要がある。

 空間認識能力は目を開けている状態よりも閉じている状態の方が活発に稼働する為、目の前に置いてある物を取るなどの日常の中で何気なく行なっている作業を、両目を閉じて直観を働かせて行なうだけで、空間認識能力は鍛えられる。


・私見

 以前、ここに記した記事は「空間認識能力は鍛えられるというが、それよりも先天的なものが大きく、その能力が著しく欠けている人は、いくら鍛えてもほんの少ししか向上しないか、向上してもそれが遅々として進まないため、やがてその訓練を辞めてしまう場合が多いのではないか」という趣旨でした。ということは、このwikipediaに書かれていることと大きく乖離する主張ではありません。端的に言えば、「鍛えられるとしても、先天的なものが大きく、それによって諦めざるを得ない状況に置かれる」ということです。ただし、日常生活に不便を感じないレベルの空間認識能力は誰でも持っています。そうでないと階段すら登れません。ですので、最低レベルの空間認識能力についての話ではありませんのでご注意ください。

 このwikiにあるようにスポーツを例にすれば、スポーツは空間認識能力以外にも身体能力や技術力が関係してきます。ですので、身体能力さえあれば空間認識能力が高くなくても、種目によってはスポーツ選手として成立します(例えば走力系)。しかし絵を描くことはその技術、特に「画力」と言われるものについて、その「空間認識能力」が与える影響がかなり大きいのです。ですので、先天的に空間認識能力が高い人と低い人との差が大きく、低い人は、いくら絵を描く努力したところで、その進歩は遅々として進まず、やがてそれを放棄してしまうと言うことが起こりやすくなります。

 ということで、結論は先天的に空間認識能力が低い人は「絵を描く」という行為を早々に諦めて、他の才を見出す方にその労力を使いべきだと言う結論だったのですが、そもそも「空間認識能力が低い」という人は、「自分は絵が下手で、何を描いてもそれに見えない」と自覚しているレベルですので、絵を描こうとか描きたいとか思うこともなく、ましてや自分が描いた絵を他人に見せることすら断固拒否します。通常の「絵を描く」という行為が「好き」、もしくは「興味ある」と思うなら、それは絵を描いているうちに画力が向上していると実感しているからであって、であれば「空間認識能力が(絵を描く楽しさを実感できる程度には)高い」ということになります。

 しかしながら現実問題として、画力レベルの出発点や、画力の向上スピードはやはり空間認識能力に大きく依存すると思います。しかもそれは先天性である程度決まってしまうのではないかとも考えています。つまり「もともと空間認識能力が高い人は、画力のスタート地点も画力の向上スピードも段違いである」ということです。こういった「天才系」の人を見るたびに、凡庸な空間認識能力しか持たない私は著しく自信喪失してしまうのですが、それでも描き続ければ上手くなっていくという実感があるので、私は一生絵を描き続けていくのでしょう。

 ところで「では(絵は下手でも面白い漫画を描く)漫画家はどうなのか?」というコメントがありましたが、「絵を描く」話をしているのに、「物語を作る」という要素が含まれる漫画家の話を持ち出して何が言いたいのか私にはよくわかりません。当たり前ですが、「物語を作る」と「絵を描く」は別の話です。私は「絵を描く際に大きく影響する空間認識能力」の話をしているのです。「物語を作る」という要素のある漫画と同列に語れるはずがありません。そんなことは語るまでもないことですね。