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落書きやスケッチは楽しいけど、ここで終わらせては何にもならない(反省)。




 ン十年ぶりに本格的に画を描くのを再開してみて、改めて「彩色もデッサンである」という事実を突きつけられている状態です。

 デッサンといえばスケッチやクロッキーで訓練するというのが一般的なイナージですが、彩色、つまり「色を塗る」という行為も立派なデッサンなんですね。よく、写真をトレースして絵を描く人がいますが、デッサン力がなければ写真をトレースしたところでやっぱりデッサンは狂ってしまっています。さらにそのまま色鉛筆だったり水彩絵の具だったりで色付けするので、完成した絵はさらにデッサンが狂ってしまいます。ある程度デッサン力があるとトレースという方法は有効ですし、彩色も写真を参考にできるので絵の完成度を上げることができるのですが、そうでないと自らのデッサン力のなさを露呈することになってしまいます。

 写真トレースでさえそうなら、オリジナルで描いた画はデッサン力がモロに画に反映します。いくら下絵が良く描けていても、それをトレース(清書)するのもデッサン力が必要ですし、さらに彩色するのもデッサン力が必要です。まあ、当たり前といえば当たり前の話なのですが、「デッサンの訓練にスケッチやクロッキーを繰り返す」という一般論が浸透しすぎていて、この重要な点が忘れられているんじゃないか、という気がしてなりません。

 私はある程度(正確にデッサンができるようにならなくても、なんとか人に見せられる程度)であれば、クロッキーやスケッチはとりあえず置いといて、積極的に彩色までしていったん画を完成させるべきだと思っています。その方が画力の上達の早道ではないかと。ここで記事にした「線を決める」という行為は「デッサンが取れている線を選択する能力」に他なりません。クロッキーやスケッチではそれは訓練できませんし、彩色に至っては彩色作業をしなければその訓練にならないのは言うまでもありません。

 pixivでたまに見かける下手な画でも、ちゃんと彩色まで終わっていればそれなりに頼もしく感じられます。逆にいくらスケッチやクロッキーが上手くても、その段階でアップされている画には「本当に彩色までできるの?」と疑念を感じずにはいられません。やはり画は「完成させてこそナンボ」です。そうでなければ本当の訓練にならないと思います。

 まあ、そのデッサンの練習が嫌でイラスト描きを投げ出した私が言うことじゃないかも知れませんが(笑)。