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私にとって手塚治虫の最高傑作はこの『アドルフに告ぐ』です。番組ではほんの少ししか取り上げられなかったのが残念。




 手塚治虫については、ありとあらゆるところで語り尽くされていると思いますが、手塚の一番のすごさはそのストーリーテリング能力にあると思います。「アイデアならバーゲンセールするほどある」と豪語する通り、まるで頭の中から溢れ出るストーリーを、漫画としてアウトプットするのがまどろっこしいと言わんばかりのスピードと物量でこなしていくそのパワー。時に画が荒れようが、ストーリーに多少の齟齬が生じ用がお構いなしに突き進む「スピード感」と「情報量の多さ」は現代の漫画家が束になっても敵わないのではないか、と思うほどです。

 この番組でもその点は触れられていますが、それを強調するあまり「立ったキャラがいない」と評するのは違うと思います。いうまでもなく、手塚漫画には魅力的なキャラも多く登場します。確かにストーリーの重厚さに対して、キャラが弱い(というか、ストーリーを描き出そうとすると群像劇になってしまうのでどうしてもそうなりがちになる)という解説は間違っていませんが、それは自作品内での相対的なものであって、他の漫画家の作品と比べても、魅力あるキャラクターは決して少なくありません。

 現在の漫画の多くはストーリーは二の次で、キャラクターで持たせる傾向にあります。キャラを強引に立たせば立たせるほど、ストーリーに御都合主義や破綻が生じてしまうのですが、その矛盾はあまり顧みられず、とにかく読者を退屈させないために刺激的で圧倒的な描写を続けていれば良い、という風潮が蔓延しています。実は作り手がそうするのには理由があります。現在の受け手は読解力が低下しているため、ストーリーを追うことができなくなると、すぐに飽きてしまいます。それをさせないためにはキャラを立たせ、極端な言動と派手なシーンを連続させることによって感情を刺激しようとするのです。「泣いた、笑った」というのは単なる感情的な反応でしかありませんが、それを彼ら・彼女らは「感動した」と表現します。しかし残念ながらそれは感動とは程遠いものです。感動とは「自己の価値観を揺さぶられる」ことです。

 感性が貧弱な受け手が多数派を占めてしまったこの時代、今の若い世代に手塚漫画がどこまで受け入れられるかどうか不透明ですが、ニュースによりますと、国際的な学力テストの結果判明した読解力の低下を食い止める方策が教育界で議論されているようです。まあ、私などそんな小難しい議論など後回しにして、とりあえず『ブラック・ジャック』の全巻でも読ませとけ、と思ってしまいます。なぜなら『ブラック・ジャック』の一話一話には、とても「(泣いた・笑ったレベルの)感動」の一言では表せない「味わい深さ」があるからです。

 番組に戻りますが、手塚マニアには踏み込みが足らないと思われるかもしれません。しかし手塚作品を知らない、または知っていても「白手塚」しか知らない、という方には手塚作品の奥深さを理解するには及第点の番組だと思います。ただ、番組の台本なのか伊集院氏が『MW(ムウ)』を知らないことになっていましたが、そんなことは絶対ありません(笑)。伊集院も伊集院でもうちょっと演技を頑張らないと、知ってるのがバレバレです。NHKはこういう番組構成上の役割分担が透けて見えすぎるのが難点です。すでに2回放送されていますが、正月の2017年1月3日22:10からEテレで再放送がありますので、見逃した方は是非ご覧ください。番組HPはこちらです。


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