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『月刊OUT』といえば1980年3月号の「悩ましのアルテイシア」事件。当然私もリアルタイムで洗礼を浴びましたが、当時の正直な感想としては「これのどこがエロいの?」でした。つまりあんまり画が上手くなくてセイラさんに見えない・・・(笑)。富野御大も「どうせ出すなら・・・(どうせ出すならもうちょっと綺麗に描いてほしかったなあ)」だったそうです。




 全冊捨ててしまったので記憶頼りですが、このブログで確認したところ1979年6月号から1984年12月号まで愛読者(当時は「アウシタン」などと呼ばれていた)でした。ちょうどサブカル雑誌からアニメ専門誌に変わった直後ぐらいで、『ガンダム』のTV版オンエア中から『ガンダム』劇場版、『イデオン』TV版・劇場版、『マクロス』のTV版・劇場版、『ダグラム』、『ボトムズ』、『ナウシカ』あたりまで。当時ひとつ上の姉が夢中になっていた『銀河漂流バイファム』はスルーしました。そういえば頭に扇子をつけた例の変なキャラが出てきて、ばかばかしくなって読者をやめたことを思い出しました。

 雑誌としての全盛期はやはり1980年代だったそうで、1990年代に入ると失速、1995年5月号をもって休刊となったそうです。現在は同様なノリでもよりレスポンスが早く、より広大なネットがありますので復活することはないでしょうね。当時ライターだった堀井雄二氏が「60年後まで元気でいたら「2042年8月27日午後3時に国鉄御茶ノ水駅・四ツ谷寄りの改札口に集合しよう」と呼びかけたことがいまだに話題になっていますが、私がその場に行くことはまずないでしょう。

 当初は論考記事や批評記事が多く、私は「キネマ旬報のアニメ版」として読んでいたのですが、どんどんパロディネタが増えてきて、ちょっとうんざりした思い出も(笑)。よくOUTは「商業誌のふりをした同人誌」と言われるのですが、それを言うなら『ファンロード』の方だと思います。人気だった読者投稿コーナーは深夜ラジオのノリですね。深夜ラジオを知らないとちょっとわかりづらいかと思いますが・・・。私も御多分に洩れず幾度か投稿し、幾度か採用されています。でも、どの号でどんな内容だったかはすっかり忘れてしまいました(笑)。

 今から考えれば豪華なレギュラー執筆陣でしたね。有名どころでは堀井雄二(ゲームデザイナー)、さくまあきら(ゲームデザイナー)、えびなみつる(漫画家)、ゆうきまさみ(漫画家)、吾妻ひでお(漫画家)、夏目房之介(漫画評論家)などなど。『かんなぎ』の武梨えりさんや、『涼宮ハルヒシリーズ』の原作者である谷川流さんもアウシタンだと知って、この雑誌が昭和40年〜50年代生まれに与えた影響力は大きいものがあったんだなあ、と感慨しきり。「隠れアウシタン」が多いせいかあまりおおっぴらに語られることはありませんが(笑)、

 まあ私は当時、この『OUT』の他に『キネマ旬報』、『ロッキン・オン』と計三誌の愛読者だったわけで、この事実だけで私がどんな青春を過ごしてきたかわかる方にはわかっていただけるかと思います(笑)。