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pixivのアカウントを持っていないと、このように「pixivへようこそ」とアカウント取得を促すメッセージが表示され、作品を詳しく見ることができません。閲覧するためだけにアカウント取得するのはめんどくさいですが、仕方ないですね。




 私はグラフィックデザイナーですが、pixivの初めての登録は2009年10月でした。理由は当時新規のイラストレーターを探していたからで、「イラストレーターが集まるサイト」としてpixivの存在を初めて知り、登録しなければ閲覧できなかったので仕方なく登録したのです。ただ、思ったほど一般的な商業イラストレーターの登録は少なく、アマチュアの二次創作が主であったので、そのアカウントはすぐに退会してしまいました。ですが、アマチュアが好き勝手に描いているとはいえ、そのレベルの高さには大変驚いたものです。それからしばらく経った2016年3月に、今度は自分自身がアマチュアとしてイラストを描き、発表する場として再度pixivに登録しました。この頃になると萌え絵系であればプロの方の登録も多くなったようですが、あいかわらず商業イラストレーターの登録はあまり多くはないように思えます。

 私は広告業界に所属していますが、業界でpixivについてはあまり語られることはありません。「特殊なイラストを描く特殊な嗜好を持つ人たちの集まり」という認識が一般的だからです。一般企業をクライアントとする広告業界はとにかく「イメージ・印象」を大切にします。発注したイラストレーターがエロ同人や陵辱系イラストを描いているなどという事態は是が非でも避けなければなりません。それが許されるのはゲームやラノベなどの一部の業界のみです。とはいえ、クライアントにもゲームやラノベを好む人もいるでしょうし、最近はpixivにとどまらず、Twitterにもプロ・アマ問わずさまざまなイラストが大量に溢れています。つまり、「クライアントは現在のアマチュアのイラスト制作レベルの高さを知っている」と考えても差し支えありません。

 であれば、その「目の肥えたクライアント」を納得させるだけのセンスと画力を、プロは持っていなければなりません。実際、最近とみにイラストに対するNGが増えてきている印象があります。その言葉もかなり辛辣で「古臭い」「ダサい」「今風でない」「昭和っぽい」など遠慮の微塵もありません。プロのイラストレーターの立場からすれば「好き勝手に自分の描きたいように描いているアマチュアと、クライアントの要望に応じて苦手なタッチやシチュエーションでも描かなければいけないプロとを一緒にしないでくれ」と言いたくもなるかもしれませんが、「それをするのがプロでしょ?」と言われてしまえば返す言葉もありません。デザイナーの立場からすれば、一応イラストレーターを擁護はするのですが、一度NGが出るとひっくり返すことはなかなか難しく、結局イラストレーターを変えるしか方法はなくなってしまうのです。

 それもこれも原因は「目の肥えたクライアント」が増えているのに他なりません。その理由は前述した通りです。であれば、プロのイラストレーターであっても、最低でもpixivくらいはたまに目を通して、現在の(プロアマ問わず)イラストレーターのレベルを肌で知っておくべきです。できれば投稿もしたほうがいいでしょう。ブックマークの数が自身の立ち位置を教えてくれるからです。本名(業務上名乗っているペンネーム)が嫌なら別名でも構いません。pixiv向けに狙ったイラストを描いて腕試しするのもアリだと思います。もう「pixivは特殊なイラストを描く特殊な嗜好を持つ人たちの集まり」などと蔑んでいる場合ではないのです。

 私が「プロの商業イラストレーターはpixvを見るべきだと思う」理由は以上の通り「イラストレーターが現在のイラスト市場のレベルを認識するには、pixivを見るのが一番手っ取り早いから」です。もちろんpixivは玉石混交ですが、「こんなすごい絵が描けるのにアマチュア?」という絵師さんはゴロゴロいらっしゃいます。以前『イラストレーターの供給過剰を招いた「デジタル化の功罪」』の記事で、「デジタル化がプロとアマとの垣根を限りなく低くしてしまった」と書きましたが、実はこれは受け手側も同様で、「デジタル化がプロとアマと区別をなくし、同列に受け取られるような環境を作ってしまった」のです。クライアントが発する辛辣な言葉の裏には、「プロのくせにその程度の絵しか描けないのか!」という批判が込められているのです。そして、その最前線がpixivです。プロはpixivを直視し、そこにいるアマチュアを軽く凌駕する画を描かなければなりません。もしそこで評価されなければ容赦なく振り落とされ、淘汰されていくでしょう。ですがアマチュアなら別に仕事を持っています。でもプロは・・・。結末はご想像におまかせするまでもなく、非情なものとなるでしょう。