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昔懐かしいAdobe Illustrator 5.5Jのスプラッシュ画面。ヴィーナスの頃のイラレには愛を感じていた・・・かな。今の不愛想で無味乾燥なスプラッシュ画面には特に何も感じません(苦笑。




 多くの古参イラレユーザーがそうであるように、私が初めて触ったイラレのバージョンは5J(発売は1993年)でした。しかしこれはプレビュー表示での作業ができない(パスをいじるにはいちいちアウトライン表示に戻す必要があった)という極めて作業性が悪いもので、実用レベルにあるイラレの原型が完成したのは次のバージョンの5.5Jである、というのが衆目の一致するところだと思います。

 それ以降、多くの機能を詰め込んで現在のイラレへと進化して来たわけですが、その過程において数々の「トラブルの種」を撒き散らして来たのもまた事実です。特に現場の最前線に立っている印刷会社、製版会社、DTPオペレーター、デザイナーやイラストレーターはそのトラブル対応に時間を、酷い場合は印刷のやり直しなどで余計な経費を取られるたびに、Adobeに対して呪詛を吐き、涙目になりながら作業に追われたものです。しかし「他に選択肢(競合アプリケーションだったマクロメディア社のFreeHandはAdobeが買収して潰してしまった)がない」という現実を前にすれば、「絶対神Adobe様」のおっしゃられることに服従(笑)するしかなかったのです。

 昨年開催されたAdobeのセミナー『もう乗り遅れてる!?ベテランデザイナーなら押さえるべき作業データ移行の準備』に参加した際にも、そういった「憤懣遣る方無い思い」は古参ユーザーを中心に充満していて、その空気を察したのか登壇した某氏が「ここで配ったチラシを東京駅のゴミ箱に捨てないでください。我々も東京駅を利用しますのでそれを見ると悲しい」と言い出す始末です。その行為自体は褒められたものではないにしても(マネしちゃダメですよ!)、そうしたくなる心理は理解できるものです。なんせAdobeには「何度も痛い目にあってきて」いますからね。

 もちろん私は長きにわたっての愛用者ですし、「イラレのおかげでメシを食っている」と言っていいほどイラレに依存しています。ですのでそれなりにシンパシーは感じていますし、「イラレ愛」が全くないとは言い切れません。イラレで萌え絵を描いているのも「いわゆるイラレイラストとは別の表現の可能性を感じているから」です。ノウハウが出尽くしているペイント系アプリとは違い、ドロー系で描く萌え絵は「未探求の分野」だと思っているので。

 でもねえ・・・夢に出てくるんですよ。イラレの作業画面が(笑)。冗談なんかじゃなくて。目一杯拡大してパスとガイドラインを揃えている夢を何度見たことか(苦笑)。そんな一種の「トラウマ(大げさに言えば)」を植えつけられたイラレに対して、やっぱり素直に「イラレ愛」などと言えない、というのが私の正直な感想ですね。