Series_Otsu_100_Yen_Bank_of_Japan_note_-_obverse
いわゆる「聖徳太子」の肖像が初めて採用された100円札(一次)

百円紙幣wikipedia:百円紙幣より)

乙号券(1次100円)

日本銀行兌換券
額面 100円(百圓)
表面 聖徳太子と夢殿
裏面 法隆寺
寸法 縦93mm、横162mm
発行開始日 1930年(昭和5年)1月11日
通用停止日 1946年(昭和21年)3月2日

 表面のデザインは不換紙幣であるい号券に流用されている。またA号券のデザインもこれに酷似している。乙号~A号の百円券の肖像は聖徳太子で、通称は「1次」~「4次」となっているため、この乙号券の通称は「1次100円」である。


感想

 聖徳太子が肖像に採用された紙幣は100円札、1000円札、5000円札、1万円札とあるのですが、一番馴染みがあるのが昭和61年まで使用されていた1万円札でしょう。その「聖徳太子の紙幣」第1号の100円札が発行されたのが1930年1月11日だそうです。

 この1月11日という日付は聖徳太子が冠位十二階を制定した日と同じなのですが、偶然か恣意的かはよくわかりません。しかし時代は戦前。天皇制による富国強兵を推し進めていた時代です。天皇との関わりがある聖徳太子を肖像に据えたのはそういった意図を感じずにはいられません。天皇そのものを紙幣に採用しなかったのは、紙幣は折れたり破れたりするものなので、その点が「不敬」に値すると判断されたのではないかと想像します。

 ところで現在では聖徳太子の存在はほぼ否定されているそうです。厳密に言うと「聖徳太子は実在の人物である厩戸皇子をモデルに創作された架空の人物」となります。ですので、よくある表記「聖徳太子(厩戸皇子)」ではなく「厩戸皇子(聖徳太子のモデル)」とすべきなのですが、教科書ではあいかわらず「聖徳太子」もしくは「聖徳太子(厩戸皇子)」のままになっています。正直これでは「正しい歴史を子供たちに教育する」という観点から問題だと思いますが、聖徳太子は広く国民の間で親しまれており、「ゆかり」とされた神社仏閣も全国に多数存在することから慎重論が多いそうです。

 まあ、歴史を学ぶのは教科書だけではないのですが、それでも影響は大きいので、傍論として注釈を入れておくべきだとは思います。史実の「坂本龍馬」と、司馬遼太郎が小説で描いた「坂本竜馬」は異なります。それと同じで、フィクション(を含んでいる)人物を実在の人物と言い張るのはやはり問題だと思いますね。

 もっと研究が進めば、厩戸皇子がいかにして後の世に聖徳太子として創作されたのかが判明するかと思います。そうなった時、改めて「フィクション(偶像)」として聖徳太子を崇め奉れば良いと思います。宗教というのは偶像崇拝です。偶像が偶像であることになんら不都合はないはずです。今後に混乱の種を残さないためにも「厩戸皇子」と「聖徳太子」は、はっきり区別して語るべきだと私は考えます。