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この記事の主旨は、上手い下手なのが問題ではなく、自分では上手く描けていると思い込み、批評を完全に拒絶する態度が問題だということです。誤解のないように。photo:pixabay

 もう時効だと思うので、昔あったお話でも。

 私はフリーランスのデザイナーとして独立する前、都内のあるデザイン事務所でチーフデザイナーをしていました。その事務所に新人イラストレーターのY君が入社してきました。当時私は業界7年目、そろそろ中堅と呼ばれていた頃です。仕事の流れや内容を把握し、クライアントとの打ち合わせから納品、予算管理まで業務の全てをまかされていました。

 ある日、クライアントからパソコンの新製品のパンフレットの仕事を受注しました。そのパンフレットはパソコンの設置イメージがメインビジュアルになる予定だったので、そのイメージイラストをクライアントの同意のもと、Y君にお願いしました。Y君は機械もののイラストが得意で、その時も自信満々にラフイラストを上げてきました。私はそのラフを見た瞬間、嫌な予感がしました。確かにパソコンは上手く描けているのですが、人物があやしいのです。具体的に言えば「下手」。体のデッサンは取れていないし、バランスも良くありません。私はY君に人物の描き直しを何度も指示し、そのたびごとにY君は不機嫌になっていきます。Y君はついに「人物はちゃんと描けている。あなたの見る目がおかしいのではないか」と言い始めました。

 私はとりあえずラフだったので、そのイラストをデザインに落とし込み、クライアントに見せに行きました(当時はメールなんてものはありません。直接手で持っていくのです)。すると担当者はやはりというべきか、人物の下手さを指摘し、「本チャンはもっと良くなるよね?」という条件でOKをもらいました。そしてY君にはくれぐれも人物を気をつけて描くように言い、本チャンイラストを描く指示を出しました。ですが私は不安でした。Y君は自分のイラストのどこが上手く描けていないのか、自分でよくわかっていないのではないか?と考えていたからです。このことに関しては自分自身でも心当たりがありました。自分で作ったデザインを後で見返すと、あまりの未熟さに目を覆いたくなるのです。でも、それ自体は問題では問題ではありません(それだけ成長したということなので)。それを作った当時、自信満々に「これはよくできている」と思い込んでいたことが問題なのです。つまり、その時点で自分の制作物の問題点に気づけていないばかりか、自分の実力を過大評価してしまっていたのです。Y君はこの時まだ20代前半。自身の未熟さを客観的に判断できる年齢でもなければ、その経験も積んでいません。

 私の悪い予感は的中し、それはそれは酷いイラストが仕上がってきました。ですが、当のY君は自信満々です。私は少し感情的になり、「これはクライアントに見せられるクオリティになっていない。描き直してくれ」と指示しました(当時はアナログでイラストを描いていたので、修正箇所が大きいと全部描き直しになる)。私の言い方もまずかったとは思いますが、Y君は反発して激しい言い争いに発展、ついにY君は「才能のないあなたにそんなことを言われる筋合いはない!」と言い放ち、「もうこれ以上、何も言われたくない」とコミュニケーションさえ断固拒否されてしまいました。そこまで言われてしまうとどうしようもありません。私は赤字覚悟で外注のイラストレーターに新規発注しようかとも思いましたが、それだと納期に間に合いません。私は怒られるのを覚悟でクライアントにそのイラストを持っていきました。クライアントの担当者はY君のイラストを見て一言、「これ、Y君が描いたの?」と言いました。担当者はY君のイラストを何度も見ていて、Y君の実力を把握していたのです。私が「はい・・・」と答えると担当者はそれ以上何も言わず、そのまま受け取りました。

 それからしばらく経ってそのパンフレットが刷り上がり、無事納品されました。私はホッとするどころか絶対問題になるだろうな、と考え、呼び出しがかかるのを覚悟していました。すると案の定、担当者に呼び出されてしまいました。担当者は「なんで呼び出されたかわかるよね?」「イラストの品質を管理するのもデザイナーの仕事だよ」「確かにこっちもY君が描くことに同意したけど、それとこれとは話が別だからね」・・・私は何も言えず、ただ「申し訳ありませんでした」と謝るしかありませんでした。結局、私がY君に何を言われようと強引に描き直しをさせるか、ラフの段階でイラストレーターを変えるかしておけばよかったのです。私はY君との人間関係を優先し、その判断を誤りました。私はこの一件以降「仕事の質を担保できなければ、そのスタッフは切る」という態度を徹底するようになりました。冷徹かもしれませんが、そうしないと私の評価まで下げられてしまいます。Y君には刷取を渡す時「半年か一年後にそのイラストを見返してみて。そうすれば俺の言っていることがわかるから」と声をかけました。Y君はぶっきらぼうに刷取を受け取り、あいかわらず口をきいてくれません。その後私がその事務所を退社するまで、二人の間でこの件が再び話題になることはありませんでした。私がフリーランスとして独立した現在まで、私がY君にイラストを発注したことはなく、今現在も交流はありません(噂によるとY君はそれからしばらくして会社を辞め、結局イラストレーターも辞めてしまったそうです)。

 問題は私の判断の甘さにあったのは間違いありません。ですが、Y君の自分の未熟さを認めない頑なな態度もそうさせた一因だと思います。自分の制作(創作)物を客観的に評価することが難しいのは、私自身も経験がありますので、それは仕方ないにしても「才能のないあなたにそんなことを言われる筋合いはない!」まで言われ、コミュニケーションさえ拒否されてしまうと、もうどうしようもありません。ですので、いくらその時点で自分の自分の制作(創作)物に対し、「上手くできているな」と悦に入っていたとしても、他人から「良くない」と言われてしまったのなら、それはやはり「良くない」場合が多いものです(たとえ悪意で言われたとしても)。ですので、反論や反感を持ちたくなる気持ちをグッとこらえて、その批評に謙虚に耳を傾けるか、それができないのであれば、せめて直情的に反発したり、過度に自信過剰なって尊大な態度をとらないように心がけてください。コミュニケーションを拒否しないでください。これは「仕事」なのです。クライアントにとって個人の心情などどうでもいいことです。「結果がすべて」の世界なのです。

 デジタルイラストが普及した現在、プロのイラストレーターを夢見る人はものすごい勢いで増えていると感じます。ですが、「プロ」とは「他人(クライアント)の要求するレベルでイラストを描けること」が絶対条件で、「結果(仕上がり)がすべて」の世界です。自分が描きたいイラストを、描きやすい方法やシチュエーションで、いくらでもコストと時間をかけて描いていい世界ではないのです。言い換えれば「他人(クライアント)が自分の価値の全てを決める世界」と言っていいと思います。もちろんそこには自信も必要だと思いますが、その自身の裏付けは自己評価ではなく、他者評価でなければなりません。ですので、少なくとも他者評価を真摯に聞く態度(受け入れるかどうかはともかくとして)を常に持っていないと、過剰な自己評価によって自分の実力を誤るという事態に陥ってしまいます。そればかりか、他人(周りのスタッフやクライアントまで)に迷惑をかけるということにもなりかねません。

 ということで、結論としてタイトルの「イラストに関する批評はそれを受け入れる、受け入れないはともかく、少なくとも謙虚に受け止めよう」ということになるのです。創作者は得てして自信過剰や独善的になりがちなものです。ですのでこの「謙虚さを心がける」という態度は非常に重要になってきます。ぶっちゃけていえば本心で謙虚でなくても、心がけるだけでもいいと思っています。そうすれば少なくともコミュニケーションは取れますので。とにかく「自信過剰で盲目的になって自己評価を見誤り、尊大な態度でコミュニケーションを断固拒否する」ことだけはくれぐれもしないようにと、私の苦い経験から、ここで忠告(あえて「忠告と言います」)したいと思います。