meeting
この当時はMacではなくアナログでデザインしていた頃の話です。

 ある日、昔A社の後輩だったN君から突然「仕事を手伝って欲しいので、事務所まで打ち合わせに来てくれないか」という電話がありました。私はその時はC社でチーフデザイナーの立場でしたので、営業活動も仕事のうちです。私は喜び勇んでN君が転職したというD事務所に向かいました。その事務所にはN君とアシスタント女の子(多分アルバイト)が二人だけで作業していて、他には誰もいません。N君は「実は代表がいて、その人が仕事を取ってきている」「自分はここの制作をまかされているだけ」という説明でした。どういう経緯でN君がD事務所に入社したのかというと「その代表に事務所開くので手伝ってくれと誘われた」というのです。

 その時点では私は何も思わず、お願いされた仕事を淡々とこなしていました。ところが何度かD事務所に通っているうちに、なんとなくこの事務所のカラクリが見えてきました。まず「代表」ですが、この人は大手広告代理店のディレクターです。そしてこのD事務所の社長はその「代表」の奥さんだというのです。ここまで書けば勘の良い方ならピンとくるはず。つまりその「代表」は、自分が所属する大手代理店で担当した案件を、自分の奥さん名義の制作事務所(実質自分の事務所)に流し、大手広告代理店からの給料と事務所の売り上げの「二重取り」をしていたのです。つまり、N君を「手伝ってくれ」と誘ったのは自分の子飼いとして良いように利用したかっただけなんですね。ここまで見抜いても、私は知らん顔してD事務所から案件を受注していました。内心は「そのうち監査で代表の代理店にバレるだろうけど、発注があるうちはウチの売り上げになるから、知らんぷりしておけばいい」と思ったからです。

 それから半年か、一年弱くらいは発注がありましたが、その内お声がかからなくなりました。おそらく代理店にバレたんだと思いますが、その後N君がどうなったかは知る由もありません。私はその頃にはフリーランスとして独立していましたし、その営業先としてD事務所に伺おうとはこれっぽっちも思っていませんでした。トラブルになるのは目に見えていましたからね。現在は企業コンプライアンスが厳格化され、この「代表」のようなことは一切できなくなりましたが、今から20年前くらい前までは割とよくあった話でした。バブルはすでに弾けていましたが、まだ「バブルの夢」にすがっていたい人が多かったんでしょう。

 私は転職や独立など、自分の人生の岐路での判断は全て「自分の力で」行ってきました。安易に他人の甘言に乗るなど、一切考えませんでした。そう、全ては自己責任です。自己責任であるがゆえに、自分の力で全てを実行する。自分の力が及ばなければ、努力するか、ダメなら諦めるだけです。フリーランスになってからも「事務所手伝って」「デスクとMac用意するからウチで仕事して」と何度も誘われ、その全てを断りました。全ては自己責任です。他人の思惑で自分の人生を狂わされるなんて、真っ平御免です。

 「フリーランスの全ては自己責任である」これを真に理解していない限り、フリーランスなんてなるものじゃありません。他人の力を借りて転職したり、フリーランスとして独立したところで、数年もすれば上手くいかなくなり素っ裸で世の中に放り出されるのがオチです。そうなれば誰も面倒なんて見てくれません。失意のうちに再就職活動をするハメになります。私はそうして業界から消えていった人を何人も知っています。泣きつかれたことだってあります。ですが、(一応)優しく慰めつつ相手にしませんでした。相手にしなければ、そのうちそういった人は自分から消えてゆきます。その後の彼ら、彼女らの行方は知りませんし興味もありません。そう、全ては「自己責任」なのですから。