Standard Products

 100円均一ショップのダイソーが最近始めた新業態「Standard Products (スタンダード プロダクツ)」が話題になっていましたので、早速オープンしたばかりの新宿アルタ店に訪問してきました。アルタ一階のワンフロアを占領し、300〜500〜1000円という価格帯の商品を並べていましたが、同じ商品を別の場所に再度陳列するなどまだまだアイテム数は不足しているようです。正直「これだけ?」と思ってしまいした。

 まあ、アイテム数はこれから増やしていくんだろうと思いますが、そもそも論として、値段ほど品質が良くないこれらの商品で、事業を継続できるのかかなり疑問に思いました。ぶっちゃけ、無印商品の劣化コピーなんですが、触手を伸ばそうと思うような商品は残念ながらひとつもありません。それは来店客の行動からも見て取れます。まだオープンまもない週末だというのに入場制限もなく、レジに長蛇に列ができるということもなさそうです。それもそのはず、来店客は手に取って商品を確かめるだけで誰も買おうとはしていません。正直、買いたいと思うものがないんですね。私ならちゃんとした商品が欲しいなら無印良品で買うし、100均でオシャレ雑貨が欲しいならセリアで買います。Standard Productsはデザインも品質も価格も中途半端で、何の魅力を感じませんでした。

 それでも岐阜県・関市の包丁は売り切れていたし、新潟県・燕市のカトラリーも売れ行きが良さそうです。それら力を入れた商品が良さげに見えるだけに、それ以外の商品の低品質感がより強調されているように思えました。つまりアイテム全体の品質にバラツキが感じられるんです。それはすなわち、コストギリギリで攻めた商品の穴埋めを、低品質・高価格商品(粗利の高い商品)でしようという意図が透けて見えるということです。結果、コスパのいい商品ばかり売れ、低品質・高価格商品には誰も目もくれないという状態に陥っています。消費者の目はシビアです。

 「ちょっといいのが、ずっといい」。Standard Productsはこのようなキャッチコピーを掲げ、脱・大量生産、大量消費を目指すと宣言しています。大量生産・大量消費・大量廃棄がビジネスモデルのダイソーが何の冗談?と思うのですが、どうやらこのキャッチコピーもStandard Productsの「付加価値(ブランドイメージ)」として打ち出しているだけのようです。要するに「高価格である言い訳」でしかないのですが、その偽善・欺瞞な企業姿勢に疑問を感じずにはいられません。「やらない善より、やる偽善」という話もありますが、もしそうであるならば自社商品のリサイクルボックスを店内に設置するとか、リサイクル商品を開発するとか(無印商品やユニクロはやってますね)して頂かないと説得力がありません。

 ダイソーは個人的によく利用していますし、そのコスパの良さには助けられてもいます。ですが、収益構造の根幹が非SDGsであるはずなのに、それをおくびにも出さず、SDGsで新ブランドを売り出そうというダイソーの戦略にはおおいに疑問を感じます。ですのでこの「Standard Products」の商品を今後買うことはないでしょうし、もし買うとするならば、それこそ品質が高くて長く使える「無印商品」を選びます。すなわち「ちょっといいのが、ずっといい」のはStandard Productsではなく無印だということです。結局ダイソーはダイソーであって、ダイソーが無印になることなど誰も望んでいないのです。「100円でこれが買えるの!(だから品質が悪くても仕方ないね)」がダイソーの強みであって、企業は自社の「強み」を拡張すべきです。「ないものねだり」してもどうせ長続きはしません。それは客単価を上げようとし、高級路線で失敗したマクドナルドやユニクロを見ればわかることです。このStandard Productsも、それと同じ轍を踏むと私は思っています。