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秋の富士山。当然山頂付近は冠雪している。(photo:pixabay

 この時期になると思い出す「2019年 ニコ生主富士山滑落事故」について少し・・・。

 私は結構長い間アマチュアバンド活動をしていました。具体的には20代〜30代です。もちろんフリーランスのデザイナーをしながらでしたので、練習やライブなど時間のやりくりには苦労した思い出があります。辞めた理由は結婚もあるのですが、「やりたいと思っていたことはできた」という目標を達成したことが大きかったです。その目標とは、ライブハウスに定期的に出演すること(いわゆる箱バン)と、インディーズでCDを出すことです。それ以上の目標を持っていなかったのは音楽的才能のなさの自覚していたから。現在はたまにDTMで楽曲を作ってはニコニコやYouTubeに発表していますが再生数は全然(笑)。やっぱり才能はないですね。

 そのバンド活動界隈でいろんな人と出会いましたが、かなりの割合で「夢見る夢子さん」が存在していました。いわゆる「バイトしながら夢を追いかける人たち」です。その「夢」とはもちろんバンドであったり、画家であったり、イラストレーターであったり、デザイナーであったり、カメラマンであったり・・・いわゆる「アーティスト(創作)活動でプロになる」ということです。まあ私は曲がりなりにもフリーランスのデザイナーとして飯を食っていたので、たまに相談をされたりすることもあったのですが、悪く言えば「アーティストごっこ」で時間を浪費している連中に真面目に向き合う気などさらさらなかったので、「夢を諦めず頑張って!」などと適当なことを言ってあしらっておきました。

 そうなんです。多くの場合「バイトしながら夢を追いかける人たち」は、所詮はアーティストごっこをしているにすぎないのです。本気で夢を叶えたいと思っている人は、自らその世界(業界)に飛び込んで、低賃金や長時間労働や朝令暮改や理不尽や無理難題にも負けず、苦しみながらも必死になってキャリアを積み上げ、チャンスを掴もうともがいているのです。そんなシビアな「現実」を見て見ぬ振りをし、逃避し、「アーティストごっこ」で遊んでいる連中にどんな可能性があるというのでしょう? 寝言は寝て言え!ってなもんです。

 そして例の「富士山滑落配信者」です。彼は司法試験を何度も受けては不合格になっていました。その割には「何が何でも法曹界に入るぞ!」という強い意志はなかったようで、つまるところ無職である言い訳を司法試験という免罪符でごまかしていただけなのです。この図式が先ほど紹介した「バイトしながら夢を追いかける人たち」と同じです。すなわち「夢を追いかけている」という免罪符で無職の言い訳をしている人、ということです。

 富士山滑落配信者はそんな現実など言われなくても痛いほど理解していたでしょう。大病も患っていたようですし、何が何でも生き延びてやる!という強い生命力も意志も持ち合わせていなかったように思えます。これが「俺が不幸なのは全て世の中が悪いんだ!」となると京アニ事件のようなテロに走るのですが、さすがにこの方はそんな「責任転嫁マン」ではありませんでした。ですのでゆっくりと自死するような(あんまり危険に頓着しない)行為に向かっていったのでしょう。

 まあ、こういった「現実逃避者」というのは昔から一定数いますし、いまさら感想も同情もないのですが、私はこういう人たちのことを「真の負け組」だと思っています。正しくは「自ら負け組を選んだ人たち」です。わずかでも、かすかでも現実と折り合いをつけ、現実の中で慎ましく生きていれば、たとえその状況が貧困でも貧乏であってもそれですでに「勝ち組」です。だって生きているのですから。現実で生きる意志があるのですから。収入が少なくったって幸せにはなれます。収入だけで幸せの価値ははかれません。ですが現実逃避者にはその可能性すらありません。そこには一見安穏とした居心地の良い空間があるかもしれませんが、それは幻想に過ぎないのです。暗黒のどん底にいるのに、その現実を直視せず、夢ばかり見て誤魔化しているだけなのです。それに気づいていないふりをしているだけなのです。それが富士山滑落配信者が陥った状況なのです。

 夢を追いかけることを悪くいうつもりはありませんが、「夢」というのは現実世界で描いてこそ価値があるのです。草野球で楽しく遊んでいるだけなのに、突然「俺はプロ野球選手を目指す!」と宣言するようなものです。富士山滑落配信者は自覚しつつも、まさにそのレベルでした。そしてそれはもう取り返しのつかない月日が流れさってしまった後でした(彼は享年47歳)。現実逃避者でいられるのはまあ20代、悪くても30代までです。それ以降は完全に社会から置き去りにされてしまうか、そのリスクがかなり大きくなります。現実逃避をやめて現実と向き合うのは勇気が要ります。ですが、その一歩を踏み出さない限り負のループからは逃れられません。貧乏でも勝ち組になりたいのなら、その「一歩」をなるべく早く踏み出すことです。そうしないとこの富士山滑落配信者のような運命が待っています。そしてもしそうなってしまったら、そんな奴には誰も(本気で)同情なんてしません。だって「自分が自ら選んで不幸に陥っただけ」の話ですから。それが現実です。それが理解できないから永遠に「現実逃避者」のままなのでしょう。

 彼は「孤独だ」「寂しい」としょっちゅうつぶやいていたそうです。ですが、それも自らが選んだ道、誰のせいでもありません。本人が「現実逃避」する限り、孤独は常について回ります。もちろんそれは彼も承知の上でした。つまり彼にとって「現実直視による人間関係」より「現実逃避による孤独」の方が居心地が良かったのです。であれば、赤の他人の我々がとやかく言うことではありません。彼の死は事故だっかたもしれませんが、それ以前から彼は「死んだようにしか生きられない」人でした。それが彼の正体だと、私は思います。